茶の湯 blog

茶の湯の魅力(私感です)

季節感が鈍い私

昔は、「その季節でなければ得られない」食材がありましたけど、今は、保存の技術が進みましたから、一年中いつでも食べることができる食材がいろいろで、結果として、季節感は薄れると思う私です。

そうなりますと、季節に関係なく「おいしいものはおいしい」ということで、季節感のある食事ってことは、普段、「考えてない」私です。

食材ばかりでなく、「季節を楽しむ」ことに関しても、今の私は「夏を楽しむ」余裕なんかありませんで、「酷暑を乗り切る」だけで精一杯です。
去年もひどい暑さでしたけど、今年は輪をかけて猛暑ですからね。

14日のブログに「蒸し茄子」のことを書きましたけど、その茄子は自家栽培ですから、旬と言えばまさに「旬そのもの」なんですけど、でも「旬の食材」だから感動するかと言えば、そんなことはない私でして、毎日の暑さに参ってますから、「季節を味わい、楽しむ」どころではありません。

そんなわけで、季節の情趣を感じるためには、その時を生きてる情況が「心地良い」って条件が必要だろうと思うことです。
虫歯の痛みに耐えてる時は、どんな料理も楽しめないように、寒暑に「苦しめられてる」状態では、冬も夏も、楽しむどころじゃないと思います。

それで、昔の日本人が「季節感」を大切にできたとすれば、心にゆとりがあって、だからこそ「その季節の情趣」を楽しむことができたのかなあ ・ ・ ・ なんて思いました。

あのゥ、「夏はいかにも涼しきよう」って言えるのは、その人が「暑さに負けてない」証拠であって、今の私は暑さに負けてますからネ、「涼しきよう」なんて悠長に構える心の余裕がありません。