茶の湯 blog

茶の湯の魅力(私感です)

茶の湯の心と形(20)

前回、神谷宗湛のことにちょっと触れましたが、彼は今の言葉で言う政商で、同郷の先達には島井宗室がいるし、堺では今井宗久、津田宗及、千利休など、先輩の政商たちが大活躍してましたね。

 

政商たちは社交のために茶の湯を利用してましたから、それらの人々はみな茶人と言ってもいいのですが、利休は秀吉のブレーンとして政治に関わってまして、でもその一方で茶の道を極めようと志したところが、他の人々と異なると思います。

 

話は変わりまして、どうしたら人の機嫌をとることができるかってことですが、「自分がそう扱ってもらえたら嬉しいなあ」と思うことを相手に対して行うってことも、方策の一つかと思います。

 

それで神谷宗湛は、茶室で秀吉を床の間に招じる ・ ・ ・ みたいなご機嫌の取り方を考えていたフシがあると思いますが、それって、宗湛自身がそういう扱いを受けたら嬉しいと感じるタイプだからじゃないかと想像します。

マア、「床の間」には「上段の間」って感覚も付随していた時代があったと思うんですが、私にとってはそういうこと、興味深いんですけど、茶の湯の話題からは少し外れますから打ち切ります。

 

話が逸れちゃいましたけど、宗湛は床の間に秀吉を招じて機嫌をとろうとしていたふうにも見えると思いまして、そのへん、秀吉が嫌っている黒茶碗を「わざと」使って、秀吉に茶を点てるようなことをする利休とは、大違いだと思うんですが、宗湛は茶人の側面はあっても本来の姿は商人ですからね。