茶の湯の心と形(26)
親密に、和やかに居られるひと時を、心を同じくする人といっしょに楽しみたい ・ ・ ・ っていうのが、茶の湯を好む私の気持ちです。
アノゥ、突き詰めれば、たったそれだけのことなんです。
ところが世の中、親密にできないとか、和やかに居られないことが多くて、マア、気を使わなければならない場なんかは特にそうですね。
ところで、織田信長は茶の湯を政治利用しましたし、豊臣秀吉は信長と違うスタイルで茶の湯に関わりましたが、両者とも、階層社会のトップを目指した人でして、まあ、ステータス至上主義と言えるような心情だったかなあと想像します。
それで、上下関係を重視しますからねェ、信長なんかは家臣の上昇志向を激しく刺激して競争を煽っていたようにも見えまして、信長に認められたい、引き立ててもらいたい・・・というような部下の心理を巧みに利用したんだろうと想像します。
さて、信長が常に上段の間に座っていたことは当然として、次に秀吉については、利休が秀吉の御成を迎えるにあたって、茶室に「上段の間」を設えたことも、このブログに書いてきました。
それで、「上段の間」を設置するということは、貴人の居場所を「高くする」ことにより、「貴人」と「卑なる者」との身分格差を可視化したと考えることができると思います。
でも、身分格差を部屋の設えで可視化する方法はもう一つありまして、貴人をお迎えする亭主の座を「低める」やり方なんですね。
それで私は、亭主がへりくだり、畏まる姿勢を部屋の設えによって視覚化し、相対的に貴人や客人を「高める」工夫をしたのが台目構だろうと考えるわけでして、続きは次回に。