茶の湯の心と形(10)
びっくりするくらい雰囲気がすばらしい茶の湯の場面を写真で見ました。
「いいなあ!」って思いましたね、心から。
ああ、そんなふうにできたらなあ ・ ・ ・ と、思わず憧憬の気持ちが起こりました。
ところがです、それは「茶の湯の場」ではありますけど、茶室ではなく普通の和室なんです。
ガラス戸の外に緑が見えまして、風炉の季節だということがわかるんですけど、風炉も釜も見当たりません。
風炉先屏風もありません。
そればかりではなく、茶を点てている人の前には、水指も見当たりません。
これ、情況がすごいんです。
私が「必要だ」と「思い込んでいた」道具類が無いんです。
それなのに、というか、それにもかかわらずですね、「茶の湯の雰囲気」にあふれているんです。
アノ、それ、どういうこと?
私、「道具は大切」って思ってました。
でも、これほどまでに「道具がない」のに、それでも「雰囲気120%」って、いったい何なの?
それで私、茶の湯に対して大きな「思い違いをしてたんじゃないか」と感じましたから、次回に続きを。