茶の湯 blog

茶の湯の魅力(私感です)

茶道

変化してきた茶の湯(7)

「安心して」茶を楽しめるなんて、戦国時代の武将などにとっては得難いひと時だったのかなあ ・ ・ ・ なんて想像します。 なにしろ政治の世界では、要人が常に身の危険にさらされてるって、今も昔も全世界で変わらないことですし、特に飲食物には「毒が仕込…

変化してきた茶の湯(6)

天目台の羽に湯を一滴こぼした ・ ・ ・ という今井宗久の失策は「世間の評判」になったと桑田忠親が書いています。 それで、宗久の「弟子がぐっと減っちゃった」というんです。 「それまで宗久の所へお茶を習いに行った者が、みんな利休のほうへ行っちゃっ…

変化してきた茶の湯(5)

今井宗久の台子点前の話を9月12日に書くはずだったんですが、都合で今日になってしまいました。 古流の本格的な台子点前を、秀吉の前で始めた宗久ですが、「手に震えがきた」と桑田忠親の本に書いてあります。 「釜から汲みあげた柄杓の湯を天目茶碗に注…

茶の湯の心と形(9)

茶の湯にとって、「外面だけ見て」の是非善悪ジャッジや優劣評価は有害だと思いまして、そういうことは書きたい内容ではありますが、長文を要しますし、今回書きたいのは点前中に起きたアクシデントへの対応策ですから、今日はそのことについて続きを書きま…

茶の湯の心と形(8)

点前中に突然建水が壊れ、水が流れた ・ ・ ・ 時、最悪の対処法は、正客が泰然自若としていることだと思います。 そして、正客の社会的地位が高ければ高いほど、事態がさらに深刻化しますね。 なぜか? 正客が「ご立派な態度」ですと、次客以下はもちろん茶…

茶の湯の心と形(7)

親密な人ばかり二三人にお茶を差し上げる場合と違い、大勢の前で茶を点てるとか、特に社会的地位が高い方々にお茶を差し上げる場では、緊張するのも当然でしょうね、利休を客として上林竹庵が点前をした時、すっかり上がってしまい、茶杓を落としたり茶筅を…

茶の湯の心と形(6)

エリザベス女王に今の大宗匠が桂離宮で野点を行い、お茶を差し上げたのは昭和50年だったそうで、その映像も見ることができますね。 ところで、将軍足利義教は後花園天皇から病気見舞にお茶と(1)茶入、(2)茶碗、(3)水指を賜りましたので、義教の全…

茶の湯の心と形(5)

振袖のお嬢さんが点前中に、パンという音がして木地曲建水がはじけました。仙叟宗室250年忌茶会の時の話で、建水は一文字に伸び、水が流れたそうですが、「点前の令嬢は微動だもせず点前をつづけられた」ということです。 それで、「振袖姿のお点前は袖一…

変化してきた茶の湯(4)

昭和23年4月に金沢で行われた仙叟宗室250年忌茶会のことが、濱本宗俊の本に書いてあります。 支部長席に回った時の正客は淡々斎家元、次客が加賀前田家17代当主、筆者の濱本宗俊はずっと末席だったそうです。 さて、旧ソ連からの引揚船が初めて舞鶴…

変化してきた茶の湯(3)

茶の湯は、一座の人々と、ただこのように「いっしょに居るだけで楽しい」という心境が一番だと思う私です。 ・ ・ ・ が、そのことはひとまず置いときまして、前回書いた将軍義政の台子点前にも関連しますけど、室町時代の台子点前はとにかくたいへんだった…

茶の湯の心と形(4)

あるお家元の感想ですが、 「皆さんがあまりにお茶のことを堅く深刻に考え過ぎておられるように見える」 ・ ・ ・ んだそうです。 でも、「堅く」しなきゃいいとか、「深刻に」ならなきゃいいってことにはなりませんね。 なぜかと言いますと、「だらける」態…

茶の湯の心と形(3)

秀吉がある雪の夜、「今、釜を掛けている者がいるだろうか?」と利休に尋ねましたので、「針屋宗春が釜を掛けているでしょう」とお答えしましたら、秀吉は即刻針屋宗春のところに赴き、お茶を召し上がったという話があります。 (以下、参考まで ・ ・ ・ 「…

茶の湯の心と形(2)

「いっしょに心地良いひと時を過ごしたい」っていうのが、私の願いですね。 それで、居心地が悪くなるような要素は除きたいです。 さて私は、茶の湯がとっても好きですけど、足が痛くなることがあって困りものです。 そして、若い人や、もっと弱年の小中学生…

茶の湯の心と形(1)

映画「日日是好日」の中に、ヒロインの典子が柄杓を蓋置に引いて礼をする場面があります。 お客の役をしている美智子も礼をします。 もちろん、「先生に言われたから」そのとおりにするんです。 「言われたからそのとおり」というのでは、「主体性がない」と…

変化してきた茶の湯(2)

前回、総礼のことにちょっとだけ触れましたが、今日はもう少し書いてみます。 亭主が柄杓を蓋置に引いたら総礼 ・ ・ ・ という形が多く見られると思いますが、いくつかの流派では、薄茶でその総礼が行われませんね。 そういう流派の一つに属する浜本宗俊が…

変化してきた茶の湯(1)

前回、「言葉で伝える」ことには、正確性において限界があることを書きましたけど、割稽古ばかりに終始すると、いつの間にかそのやり方が定着しちゃうこともあるかなあなんて思いましたから、ちょっと書きます。 濃茶や薄茶を「それだけ分離」して「割稽古」…

言葉は不便で不十分

高田好胤のことを書いた高田都耶子の本に、高田好胤が都耶子の母に初めて会った時の話が紹介されてます。 修学旅行で薬師寺に来ていた都耶子の母は、その時18歳、写真を撮っていた彼女に、高田好胤は声を掛けました。 「カメラを撮るような女は嫌いだ。人…

その人間「丸出し」

高田都耶子の本に、父、高田好胤が、定期的にテレビに出演するようになった時の姿が書いてあります。 とにかく、「マイペース」だったと言います。 進行を指示するフロアディレクターの言うことでも、「意に沿わないこと」は無視していたんだそうです。 また…

茶人さまざま(4)

今回も松永耳庵の話題です。 十文字学園女子大学の池間里代子氏が、松永耳庵の「点前」に関することについて、おおよそ、次のように書いてますから紹介します。 耳庵は、点前について「一応」は習ったんだそうです。 でも「面倒だから」というわけで忘れてし…

茶人さまざま(3)

前回に続いて、今日は松永耳庵に関してです。 テレビ番組で、強羅公園元園長の田代道禰氏が、白雲洞茶苑を案内しながら次のように言ってました。 「その中で、お茶を習ったのは鈍翁だけなんです。 あとの二人はお茶ってのを習ったことがない。 それでいて大茶…

茶人さまざま(2)

前回の続きですが、桑田忠親は、松永安左エ門の別荘だった柳瀬荘の入り口にある番小屋に疎開していたそうでして、柳瀬荘には長屋門があるんですけど、その長屋門のことだろうかと疑問ではありますが、確かめてはいません。 それで、桑田忠親は松永安左エ門の…

茶人さまざま(1)

茶の湯について、桑田忠親の本に「最も重んぜられるのは、人と人との温かい心のかよいであり、なごやかな、静かな雰囲気」云々と書いてありまして、私は大いに賛成です。 でも、茶の湯に求めるものは人によって異なりますから、「茶道の玄旨」や「和敬清寂の…

茶の湯は融和の実現

数百年も茶の湯が続いてきたのは、「好む人」がいたからだろうと、私は思います。 でも、茶の湯が好きな理由って、人それぞれでしょうね。 私の場合、人に対する好意や敬意をストレートに表現できるツールが茶の湯だと考えています。 何しろ、自ら料理して給…

日常的に楽しめる作法

「日常茶飯」という言葉がありますけど、食事をしたりお茶を飲むという日常生活の一部分を切り取って、「茶の湯」という「楽しみ」に仕立て上げたってことは、すばらしい工夫だと思います。 なにしろ、平凡な日常の一端を芸道に高めたのですから、すごいなあ…

権威に服従する利害得失

山上宗二は打ち首にされ、 掃部頭瀬田正忠は豊臣秀次切腹時に処刑され、 利休は切腹、 古田重然も切腹、 ・ ・ ・ 権力者に仕えるのは命がけだった時代もありました。 戦国時代は人の命が重視されてませんでしたけど、戦中だってねェ。 さて、権力者というも…

「決められてる」から好い

「制約を受ける」より「自由」が良いというのは、特定の場面にはあてはまりますけど、全面的にそうだとは言えないと思います 世の中には、「規制されてる」からこそ安心して生きられる情況もありまして、例えば刑法で犯罪を防ごうとする社会のほうが、無法地…

映画「日日是好日」(1)

夏目漱石が小説の中で「煩瑣な規則」と書いている茶の湯の「決まり事」ですが、映画「日日是好日」の中に、かわいそうなシーンがありました。 「典子さん、今日は竹の蓋置でいいですか?」 そんなふうに聞かれて、ヒロインの典子は答えます。 「いいと思いま…

TVドラマ「あんどーなつ」(7)

今回もテレビドラマ「あんどーなつ」第11話に関してですが、町内の人々が集まってお月見が行われます。 お供えも立派なものでした。 ただ、ドラマでの供え方は、お月様に向けるべき正面を、人々が集う部屋のほうに向けてるんじゃないかなあ ・ ・ ・ と違…

TVドラマ「あんどーなつ」(6)

テレビドラマ「あんどーなつ」第11話に、竹蔵が葛生地で餡を包むシーンがあります。 ヒロインの奈津は竹蔵の手子を務め、葛生地を渡すんですけど、受け渡しのタイミングが合いません。 それで、「息を合わせる」練習をするわけですが、その「息が合う」っ…

TVドラマ「あんどーなつ」(5)

テレビドラマ「あんどーなつ」第10話で、菓子職人の竹蔵がお茶の先生を訪問します。 注文を受けた稽古用の菓子を届けるのですが、先生にご挨拶も兼ねています。 その彼が袴姿でしたから、「あらら」と思いました。 ずいぶん気合が入ってますねェ。 そして…